歴史からみる
三井不動産

三井不動産が歩んできた街づくりの歴史。
それは街づくりを通じた『社会課題の解決への
挑戦』と『新たな価値創造』の歴史です。
時代の変化を先取りしてきた、
三井不動産の歩みを年代ごとに紹介します。

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  • 1670
  • 1940
  • 1960
  • 1970
  • 1980
  • 1990
  • 2000
  • 2005
  • 2010

1673

三井高利「越後屋」創業

江戸時代に、三井高利が江戸日本橋に呉服店「越後屋」を創業。「現金安売り掛け値なし」という画期的な商法で飛躍的に発展しました。三井不動産には、「進取の気性」と「顧客志向」がそのルーツにあります。「越後屋」はその後、事業の幅を広げ「三井合名会社」となりました。

公益財団法人三井文庫所蔵
創始者 三井高利(公益財団法人三井文庫所蔵)創始者 三井高利
(公益財団法人三井文庫所蔵)

1914

三井合名会社不動産課を発足

1909年に日本初のホールディング・カンパニーである「三井合名会社」を設立し、1914年に三井家の所有する土地・建物を管理する不動産課を設置しました。

1929

「三井本館」竣工

関東大震災の荒廃を受け、「震災の2倍のものが来ても壊れないものを作るべし」という号令のもと、規模・技術および文化性において国際的な水準のビルの建設に取り組みました。工期964日、延べ人数58万8193人を要した大工事は、わが国のビル建設に大きな影響を与えました。国の重要文化財として指定され、現在も使用されています。

建築中の様子建築中の様子

1941

「三井不動産株式会社」設立

「三井合名会社」の不動産を管理する不動産課が1941年に独立。「三井不動産株式会社」が誕生しました。

設立当時の社内の様子設立当時の社内の様子

1950年代後半

京葉臨海地区の埋立事業開始

1950年後半の高度経済成長期を前に、臨海部の埋立事業に取り組みました。この埋立事業は大規模コンビナートや企業団地の形成に大きく寄与。これを機に、三井不動産はオーガナイザーとしての「デベロッパー」への道を歩みはじめました。70年代以後は新しい住宅やオフィスなどができ、いまでは多くの人が暮らし、働き、訪れる拠点となっています。

1960

東京ディズニーランド
オープンを支援

1960年に東京ディズニーランドの運営会社である㈱オリエンタルランド(以下、OLC)の設立に携わりました。その後OLCがウォルト・ディズニー社との交渉等を行い、1983年、ついに東京ディズニーランドがオープンしました。今まで国境を越えたことのなかったディスニーランドが、長い準備期間を経て、日本の地で新しいエンターテインメントの幕を開いたのです。

※事業主体:株式会社オリエ
ンタルランド ©ディズニー

1968

「霞が関ビルディング」竣工

1968年「霞ヶ関ビルディング」が日本初の超高層ビルディングとして竣工。竣工前の1960年代前半、東京の街は急速な都市化により、緑地やオープンスペースの減少等の様々な都市問題を抱えていたため、「霞が関ビルディング」は「大都市における人間性の回復」という大きなテーマをもって建設が進められました。それは、ビルを高層化することで、地上に緑や人々の憩いの場を確保するという新しい発想でした。そして、超高層ビル実現のため、カーテンウォール、高速エレベーター等の革命的な産業技術が次々と開発されたのです。 その後、メンテナンスとリニューアルを繰り返し、機能を向上させ、現在でも魅力ある都市空間をつくりだしています。

上棟式の様子上棟式の様子

1971

「三田綱町
パークマンション」竣工

国内初の高層マンション「三田綱町パークマンション」は、東京タワー、霞が関ビルディングに次ぐ、日本における第3の高層建築物として誕生。「空に住まう」という視点は当時大きな話題に。「眺望を売る」という発想もまさに画期的でした。その後の超高層住宅による新たな環境創造の可能性を示した物件です。

1980

「サンシティ」竣工

1980年に竣工した「サンシティ」をきっかけに、三井不動産が開発の基本理念とする「経年優化」という考え方が生まれました。「自然との共生や、人と人との触れ合い、“同じ街”に暮らす仲間意識」これらを新しい街の“核”に据え、「木々が育つように命が集い、人と人との繋がりが増える街はできるはず」という考えのもと、入居者による植樹祭などを催し、約5万本の樹木を植樹。現在では里山のような森になり、入居者のコミュニティ活動の場として親しまれています。この「経年優化」の考え方は、その後の三井不動産のすべてのプロジェクトに受け継がれています。

竣工当時のサンシティ竣工当時のサンシティ

1981

「ららぽーとTOKYO-BAY」
開業

日本初のアメリカ型ショッピングセンター「ららぽーと」。ショッピング以外にも、充実した時間を過ごせる場所を提供することをコンセプトに、劇場やカルチャーセンター、幼児の一時預かり所なども併設。現在も、お客さまや時代のニーズに合わせ、増床やリニューアルを重ねています。地域コミュニティの核として街づくりの中心的な役割を担っています。

オープン当時の様子

1984

「ハレクラニ」開業

三井不動産は1972年以来、グループとして世界各地でさまざまな事業を展開してきました。1980年に、米国三井不動産の子会社ハレクラニコーポレーションを設立し、1984年には由緒あるハワイの老舗ホテルである「ハレクラニ」を全面的に建て替え開業。以後、三井不動産が直接運営を行っています。2019年には、ハワイ・ハレクラニに続く「ハレクラニ沖縄」の開業を予定しています。

1993

「大川端リバーシティ21」
西ブロック全体竣工

下町の風情を残す中央区佃島エリアの「大川端リバーシティ21」は、地価高騰や定住人口の減少など、都心の抱える問題を解決する街づくりを目指す官民一体のプロジェクトとして注目を浴びました。ウォーターフロント開発の先駆けとして、「都心に住まう」という新しい暮らしを提案しました。

1995

「三井アウトレットパーク
大阪鶴見」開業

1980年代にアメリカで誕生した「アウトレットモール」という新しい流通形態の商業施設に着目し、1995年に日本初の本格的アウトレットモールとして「鶴見はなぽ〜とブロッサム(現・三井アウトレットパーク大阪鶴見)」がオープンしました。日本での前例がなかったため、テナント誘致などに苦戦しましたが、工場からの直接仕入れによって人気ブランド商品を手ごろな価格で販売するという手法は注目を集め、今では日本全国に三井アウトレットパークを展開するまでに拡がりました。

2001

「日本ビルファンド投資法人」
設立

バブル崩壊後、不動産業界は新たなビジネスモデルの構築が求められるようになりました。そこで三井不動産が推し進めたのが、不動産の証券化。「日本ビルファンド投資法人」を設立し、東京証券取引所の不動産投資信託証券市場(J-REIT)へ上場。不動産投資信託のパイオニアとしての扉を開きました。

2004

「COREDO日本橋」開業

2004年COREDO日本橋の開業を皮切りに、「残しながら、蘇らせながら、創っていく」というコンセプトのもと官民地元が一体となって日本橋地域の活性化と新たな魅力を創造するプロジェクト「日本橋再生計画」がスタート。この後、「日本橋再生計画」の第1ステージとして、商業・オフィスが融合したミクストユースの街づくりを推進してきました。

2007

「東京ミッドタウン」開業

東京ミッドタウンの敷地である旧防衛庁跡地の入札が行われた当時は、いまだバブル崩壊後の資産デフレが続いていました。三井不動産は東京ミッドタウンの開発を進めるにあたり、東京が国際都市としての競争力を飛躍的に高めていくために、働・住・遊・憩が高度に融合し、世界中からさまざまな人や企業が集まり、新たな価値創造の舞台となる、これまでにない街づくりを官・民協働で目指しました。 2007年の開業以来、“「JAPAN VALUE」を創造・結集し、世界に発信し続ける街”をビジョンに掲げ、街づくりを進めています。

東京ミッドタウンの象徴ともいえるビッグ・キャノピー東京ミッドタウンの象徴とも
いえる
ビッグ・キャノピー

2014

「柏の葉スマートシティ」
本格稼働

2005年つくばエクスプレス開業以降、三井不動産では柏の葉スマートシティにおける街づくりの第1ステージとして、柏の葉キャンパス駅周辺街区の街づくりを進めてきました。その中心となる「ゲートスクエア」のグランドオープンによって、住宅、商業、オフィス、ホテル、ホールなどの都市機能が集積した、複合開発型のスマートシティが本格稼動。「環境共生」「健康長寿」「新産業創造」のテーマを掲げ、「公・民・学」が連携した街づくりをおこなうことで、「世界の未来像をつくる街」を目指しています。

「COREDO室町2」
「COREDO室町3」開業 
「福徳神社」新社殿竣工

「COREDO室町2」「COREDO室町3」では、物販や飲食店舗の充実とともに、住宅や映画館といった新たなコンテンツを追加。また、1000年以上の歴史を持つ「福徳神社」の社殿再生により、江戸桜通り・仲通りを中心に新たな人の賑わいを生み出しました。これを契機に「日本橋再生計画」第2ステージがスタート。「産業創造」、「界隈創生」、「地域共生」、「水都再生」の4つのコンセプトのもと、ソフトとハードの融合による街づくりを目指しています。

2017

「ワークスタイリング」
誕生

「ワークスタイリング」は、時間や場所に縛られない自由なワークスタイルを提供する法人向けサービスとして2017年に誕生。これまでの”本社1拠点”での働き方に加え、ワーカーのワークスタイルに合わせていつでもどこでも自由に利用できるオフィスを全国に展開。従業員の多様な働き方や生産性向上を支えています。

「Mitsui Shopping Park
&mall(アンドモール)」
開設

昨今の消費行動のめまぐるしい変化を捉え、リアル店舗における買い物とネットショッピングの双方の良さを同時に享受できるリアル店舗共生型の公式通販サイト「Mitsui Shopping Park &mall(アンドモール)」を2017年に立ちあげました。リアル店舗と通販サイトを融合させた新しいサービスを通じて、お客さま・ご出店者さまとともに新たなショッピング価値の創造に取り組んでいきます。

2018

「東京ミッドタウン日比谷」
開業

街の個性を活かした都心型ミクストユースの街づくりとして、オフィスや商業、ビジネス連携拠点などから構成される大規模複合施設「東京ミッドタウン日比谷」を開業。日比谷というエリアのポテンシャルに、多様な都市機能を掛け合わせ、未来志向の新たな体験や価値を生み出しています。

「55ハドソンヤード」竣工

55ハドソンヤードは、マンハッタンにおける最大級の複合開発である「ハドソンヤード」を構成するオフィスビル群のうちの一棟で、マンハッタンでの日系企業によるオフィスビル開発事業の中では、延床面積において過去最大の事業規模です。開発中の「(仮称)50ハドソンヤード」とともに、三井不動産の今後の海外事業における旗艦物件として位置づけられる開発であり、これを機に、三井不動産として海外事業を拡大していくだけではなく、日本で行っている複合的な街づくりのノウハウを現地事業での付加価値向上に活かしていきます。

街づくりは、未来づくり。三井不動産は、これまでもこれからも、新たな価値を創造し続け、未来に向けた街づくりに取り組んでいきます。

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